平成22年 3月
2018年05月08日
平成22年3月31日(水)
平成21年度も今日で最後である。明日からは役所も人事異動によって大きく変わっており、誰が何処の担当になったのかを覚えるのもまた一苦労だ。
午前中は母の用で出かけ、その足で自民党の看板をもらってきて事務所横に貼り付けた。
平成22年3月30日(火)
今日も朝は寒く、東京の7時前の気温が1.5度ということだった。昨日は横浜に行けなかったので今日は午前中に済ませようと県庁に向けて車で出発した。小田原厚木道路に入る前の電光表示板には「横浜IC-横浜青葉IC 通行止」とある。急ぎラジオの交通情報を聞こうとしたが、通行止めである以上、横浜ICから保土ヶ谷バイパスの間も相当な渋滞が予測出来たことから、大磯ICで下りて湘南海岸、藤沢経由ルートで県庁を目指した。
多少渋滞はあったものの、無事県庁に到着したのが12時少し前。政治団体収支報告書は手直しも無く受理された。
事務所に戻ると来訪者1件と夜にアポイントが入った。その内にもう一件の来訪者あり。夕方に息子の原付がパンクしたらしく、時間の合間に修理を試みるがリアタイヤを外さないと無理と判断する。
おかげで手を真っ黒にしながら来訪者に対応せざるを得なかった。明日は早朝に直す予定である。
平成22年3月29日(月)
昨日に引き続き、育成会の総会案内状の作成と、総会資料作成を行った。差出用の封筒がストックしてあると思ったのだが、結局無くて近くのスーパーにて封筒を購入。ラベルもあると思ったがそれも無く、封筒直印刷とした。3種類に分けた案内状を印刷し、折り機にての作業。封筒詰め、切手貼りは家内に手伝ってもらって完成した。
午後には役所にて所用を足し帰宅した。
平成22年3月28日(日)
先週に引き続いて、バイクレストアを行った。エアーホースクランプを手に入れてその装着と共にサンドブラスト作業にての錆落としに熱中した。
なかなか作業ははかどらないが、コツコツと進めるしかない。今日はスイングアーム、チェーン、後輪等を分解した。
毎週、必ず何かしらの問題が生じる国の動きが気になる。総理の発言と亀井大臣の発言の食い違いをはじめ、政府内でのゴタゴタは枚挙にいとまが無い。米軍基地問題もしかり、何が真実で政府はどの方向に国民を導こうとしているのかが全く見えない。子ども手当、高校無償化等のバラマキ政策?も実施されてしまう。いつから税金を個人に均等配分する事になったのか。そもそも個人では賄えないものを税金と言う形で集め、公共という概念の下で振り分けるものであり、その一つは公共事業であり、様々な福祉施策として自助、共助、互助、公助の支援の内、公助部分であると思う。
しかしながら、今回のバラマキ施策は、自助の分野にまで国家が立ち行ってしまっているとしか思えない。何度も言いたい。これは愚策であると。今後そのツケが必ずや国民生活を脅かす問題となって跳ね返ってくるに違いないと予測する。自民党政権時代も愚かなるバラマキを行った経緯があるが、この問題には十分な批判を国民に説明すべきなのだが、元気がない事も甚だ残念である。第3極といわれるみんなの党に票田を吸いとれれてしまう危機感すら持っていないのかと、このところやりきれない思いでいっぱいである。
平成22年3月27日(土)
朝一番より育成会の役員会を「こゆるぎ」で行った。議題は総会準備。前年の総会資料を用意し、役割分担の確認、新年度事業計画の素案作りと予算書の作成などを行い、午前中一杯までかかった。
夕方には自治会連合会の総会に出席。今年は事業報告や事業計画などの説明も短時間であり、30分ほどで議事は終了。その後来賓挨拶となり、これは多少時間をいただけると思って、地区別計画の在り方についての持論展開をさせてもらった。更には、本日の総会をはじめ各種団体の総会もこの「憩いの家」で行われていることに対して、何故もっと「こゆるぎ」を活用しないのかと指摘させてもらった。確かに駐車場も数台しか置けない「憩いの家」周辺には総会出席の車で溢れており、近所迷惑にもなっている事実を話しした。折角の集会場を使わない各団体は考えてもらいたいものである。
平成22年3月26日(金)
昨日の合併検討会の模様が今朝の新聞記事に掲載されている。傍聴をしたことからその実態は承知しているが、今後小田原市と南足柄市の首長の動向に注視する必要がある。特に、財政逼迫となった南足柄市が合併に向けてどのようなアクションを示すか、職員給与よりも住民サービスの打ち切りを宣言した現市長の態勢について小田原市民がどう受け止めるかも見守る必要がある。この31日で合併特例法の時限立法が消滅する中で、新政権が市町村の合併に向けた新たな取り組みを行うかも気になるところである。
小田原市は新総合計画策定に向けた準備を始めているが、今回の動き如何では、その根本である土台の変化も予想されるとなると一から考えなければならなくなる。加藤市長も合併に後ろ向きな発言ではなかったことから、その時期や形態を十分考えての発言だったのか質していく必要があろう。
平成22年3月25日(木)
昨日の予報通り、今朝も雨が降り止んでいない。午前中は本日よりグランドオープンとなる「こどもの森公園わんぱくらんど」の完成式典に出席した。春のポカポカ陽気だったらバイクで会場まで行こうと思っていたのだが、冬が再来したように寒い朝であった。コートを着込んだまま式典に参加。明日からは春休みが始まり、多くの子供達で賑わってほしいところだが、果たしてどうなるのだろうか。
4月からは指定管理者制度が始まり駐車場の有料化が始まる。議案が出された時に有料化して1年ほどの経緯を見て指定管理者制度導入でも十分採算が取れると見込んだ上で導入すべきでは?と質問をした経緯があるので、この1年間の入場者の推移を見守っていきたいと思う。
午後からは、所管との打合せの後に合同庁舎にて3年続いた県西地域合併検討会の最後の会合を傍聴した。会長である小田原市長の進行により、今ままでの経緯説明、任意合併協議会研究会の報告では各首長から意見が出ることは無かったが、その他として今までの思い、意見等を各首長から発言があった。皆、協議してきたこの時間は有意義であったとの認識は共通であり、将来的には合併は必要だとしたものの、現況で合併を意識した発言をした首長は小田原市と南足柄市であった。今後は両市長の発言の真意を議会なりで質していくことになるが、広域行政の推進が各自治体にとって果たして良いかの議論も必要であろう。
平成22年3月24日(水)
長かった3月定例会が終わった。この間、議会内では様々な出来事があり、この場で全てを語るには不都合もあるので差し控えさせていただく。本日は地元で戦没者慰霊祭が挙行されているが、本会議の為出席できなかった。議長も地元であるので、日程調整が出来なかったのかと疑問が残った。
午後からは新総合計画の基本構想及び基本計画素案についての説明会が全員協議会室で開かれた。1時間に及ぶ説明の後に質疑を行ったが、自分を含めて数人が人口推計が掲載されていないことの疑義を唱えた。12年間の推計は難しいかもしれないが、税収は勿論のこと、年齢構成によって増減するであろう福祉に関する費用によって、施策が変化することは必至であり、少なくとも歳入面歳出面共に人口は大きなファクターであることは間違いない。
夜は懇談会に出席した。
平成22年3月23日(火)
午前中は役所に出向いて所用をたした。午後からは相談者宅を訪問、その後印刷会社に今後依頼するであろう事項を相談に伺った。そのご主人が昨年病気で入院していたことも知らなかった。更には従業員が病気となったことから近々休業する予定だとも聞いて驚いた。こちらの依頼予定の印刷物は可能だと言われ、一先ず安心した。
夜は事務所にて来客1件に対応した。
平成22年3月22日(月)
春分の日の振り替え休日。20年も前に交換をして蔵っておいたエンジンを引っ張り出して、キャブレターのみを流用する事にした。アクセルワイヤーをそのキャブに取り付け、更にエンジンに組んでキックを下ろす事、十数回。ポロポロと軽い音でエンジンがかかった。微調整は必要であるが、ストレスなく回転数も上がっており、これでエンジンがかかることが証明された。後は重いクラッチワイヤーの整備、その他の錆の除去作業などを順次行っていくことにする。
錆の部品を慎重に外して、さび取り液に漬けておく。一日、このような作業をしていたので、おかげで手は真っ黒。丹念に洗っても、逆に手が荒れて、その中に油汚れが入り込んで、綺麗にはならない。しかしながら、それもまた喜びなのである。
平成22年3月21日()
交通安全協会総会に出席。これから総会の時期を迎えるが、地元では最初の総会である。
そもそも、事業年度及び会計年度は4月1日~翌年の3月末になっている筈であり、その日を過ぎて総会を開くべきである。PTAのようにその年度を過ぎると子供の卒業等で会員資格がなくなる所では、年度内に人事の承認の為の総会を行い、その後新年度に入ってから決算、予算の承認を受けるといったことで対応すべきである。
このことをいつも論じても一向に改めていないのが現状であり、自治会における監査も3月の半ばに設定されていることもおかしいのである。
平成22年3月20日(土)
事務所にて書類整理。昨日の時点で政務調査費に計上する領収書も殆ど揃った。後は4月になってから郵送されるいくつかの領収書だけである。
夕方に今年度で育成会を退会する方が、支給品を返却に来られた。
平成22年3月19日(金)
小学校の卒業式に出席。昨日、小学校の校長に確認しておいたが、今日は校歌を全員が起立して歌うことが出来た。やはり、卒業生としては校歌を立って歌うものであるので、その方が自然である。今年も良い卒業式であった。
午後からは役所にて所管廻りと議員懇談をして過ごした。
平成22年3月18日(木)
幼稚園の卒園式に出席した。卒園児達が今年も将来の夢を唱えた。面白いことに園児達の夢はその年の話題に上った競技や出来事が反映されるため、冬季オリンピックが終わった直後でカーリング選手やモーグル、フィギィア選手になりたい等があると思ったが、一人もいなかった。やはり金メダルを取らないと子供は注目しないのかもしれない。
午後には打合せの後、議会基本条例委員会を開催。フリートークでは今回はこちらから住民アンケートを提案したところ、各委員からも推進しようとの声が上がり、その実行について正副委員長で相談する事になった。
夜は育成会の定例会に出席した。
平成22年3月17日(水)
予算特別委員会の総括質疑を傍聴した。我が会派は午前中の50分を与えられ二番手である。各委員が順番に市長に対して質疑を繰り返した。午後も引き続き行われていた総括質疑だが、午後一番にアポイントを入れており、中座せざるを得なかった。更に夕方にもアポイントを事務所でとっていたので事務所に戻り用を足した。
平成22年3月16日(火)
明日は予算特別委員会の総括質疑が行われる。昨日は現地視察があり、一日置いての質疑なので、所管も議員がどのような質疑を行うか聞き取りに躍起である。議員も原稿や質問内容の検討などを一日で行わなければならず、控室や廊下を議員、職員が飛び回るようにしており、とても賑やかである。毎年繰り返される光景ではあるが、予算特別委員会の在り方の検討がそろそろ必要だと思っている。
相談を受けていた団体が陳情書を提出すると言うので立ち会った。市長、議長宛のそれぞれの陳情を秘書室及び議会事務局に提出してきた。
平成22年3月15日(月)
先日入院している父が糖尿病性壊疽のため右足首を切断した。今日はその焼骨手続きのため、午前中に手続き作業をして午後からは母と共に火葬場に行ってきた。今日は他に2組の葬儀が営まれており、参列されている方々が多かったが、こちらは母と二人きりのなので、他の人から見れば寂しい見送りと思ったに違いない。
病院での話だと、部分焼骨の際に葬儀屋に頼んでの焼骨の場合も多いようだが、5万円くらいの費用がかかるとも聞いた。当然焼骨費用はタダなので、手数料や壺代だけで、良い商売しているなあというのが実感である。
こちらは骨壺を用意している訳でもなく、母が自宅から持ってきた茶器を入れていた桐の箱に骨は納められた。焼骨手続きは本庁の住民窓口にて行ったが、窓口の方も親切に対応してくれて、むやみにお金をかけなくても十分個人で手続きから焼骨まで出来るので、市民の方は安心して窓口に相談すべきでしょう。
平成22年3月14日(日)
橘団地公民館落成式に出席。市長も駆け付け、無事式典は終了した。自治会有志の方々がトン汁を作ったり、餅つきを行ったりして賑やかな一時を過ごした。まだ桜の開花には早いが、公民館周辺にある桜が咲いた頃には、花見も十分に楽しめるに違いない。
平成22年3月13日(土)
数日前に送られてきた原付バイクのレストアに取り掛かる。兵庫県から引っ越したバイクは30年ほど前のヤマハRX50。出品者のコメントではガソリンタンクのカギが無くて開かないとなっていたが、自宅にあった自転車の鍵で簡単に開くことが出来た。空気に触れていなかったせいか、内部には錆も無く、それはそれで良いのだが外見は非常に悪い。剥離剤で再塗装の必要あり。どこもかしこも錆びだらけで相当な時間を要するに違いないが、コツコツと仕上げるしかない。
これは息子が通学するのに、ギア付きのバイクに乗らないと中型一発試験は不可能と思っているからであり、将来の夢である子供とのツーリングも実現しないために、どうしてもこの作業が必要なのである。
平成22年3月12日(金)
予算特別委員会開会前に知人の葬儀に参列。その後、予算特別委員会を傍聴した。審議としては最後の教育委員会所管の説明、質疑であるが、学校教育部関係の質疑が午前中では終わらずに、午後にも引き続き行われた。昼時には代表者会の報告の為に会派集合。
午後からは来訪者があるので事務所に戻った。他に育成会関係書類をもらいに会員宅を訪ねたりして過ごす。
平成22年3月11日(木)
予算特別委員会を傍聴した。午後からは中座して夜に開催する育成会のレジュメづくりを行う。また、有志議員で組織している会の案内状等を作成していた。
夜は育成会役員会。総会を来月に控え、そのタタキ台を昨年の総会資料と照らし合わせながら作成した。
平成22年3月10日(水)
予算特別委員会傍聴。昨日の会合に来られた出席者の整理や、政治資金として会費をいただいた方々への領収書発行など、終了した後の作業は毎回大変な作業となる。会場への支払いも今日中に行ってしまわなければならなず、委員会を中座して支払ってきた。
収支もぴったりと合い、来年の報告の際に必要なものは全て整理する事が出来た。
平成22年3月9日(火)
本日は中学校の卒業式である。朝のうちは曇りだが、午後にかけて雨が降る予報でもあり、家内の車を借りて中学校に出向いた。真冬に戻ったような寒さであり、体育館も冷え込んでいる。
卒業証書授与式の後、議長は片浦中学校の最後の卒業式に出席しているため、自分が市議会を代表しての挨拶をした。その後卒業の歌に入るのだが、やはり曲数が多すぎると感じる。卒業すると忘れてしまうような曲は外して、せいぜい3曲でいかがだろうか。15年も卒業式に出ていると、定番曲はやはり耳に馴染んできて口ずさむことが出来るのだが、毎年変わるような曲はもう覚えていない。今の卒業生が保護者となって自分の子供の卒業式で中学生の頃に聞いた曲だったらどんなに懐かしいか、そんな曲を選ぶべきだ。 卒業生諸君!卒業おめでとう。
午後は夕方に行われる市政報告会&懇談会の準備。外はすっかり雨となっている。配布物やビンゴ景品などを車に入れ出発。当日にも風邪をひいて欠席となったり、出席にお返事が来たりと、いつもながらバタバタして会場入りした。多くの方々に出席いただき盛会のうちに無事終わることが出来た。皆様ありがとうございました。
平成22年3月8日(月)
予算委員会を傍聴。午後から用事があるので委員会を中座。明日に向けての準備も引き続き行ったのだが、仕事から帰ってきた家内の具合がかなり思わしくない。直ぐに横になってもらった。どうしても明日は出席し受付をしてもらわなければならず、本人も承知しているので、今晩は早々に寝てもらった。
平成22年3月7日(日)
今日も準備に追われ、残りの景品の買い出し。とは言っても豪華景品等は用意できず、日常生活用品を中心に購入。いくつかの店を廻ったことから家内も疲れ気味であり、身体がだるいという。明後日の本番の前に具合を悪くしてもいけないが、どうしても家内の協力なくしてはこのイベントの準備はできない。明日は仕事があるので、今日はかなり無理をしてもらった。
平成22年3月6日(土)
来週の市政報告会の準備。物置や押し入れにある贈答品等を出したり、包装したりと事務所の机は人が来れないくらいに散らかってしまっているが、午後から来訪者があり、そんな中で話をした。夕方は景品を提供してくれる方宅に訪問していくつかの品を受け取る。既に何人の方々からも提供して下さっており、非常に有難い。さて、報告会はどうなることだろうか。
平成22年3月5日(金)
予算特別委員会傍聴。今日もマスクをしていったが、昨日と違って鼻水も大分治まってきた。別に薬を飲んだ訳でもなく、昨年も一日で治ったこともあり、不思議である。しかしながら、花粉症の可能性もあり、委員会を中座して病院に行って症状を話すと、アレルギーの薬を2週間分渡すという。別段熱も無いし、花粉症だろうということらしい。もう鼻水もほとんど気にしなくてよい状態となった。
夜は地元のパトロールに参加。もうマスクはしなくても大丈夫となっている。
平成22年3月4日(木)
昨日終了した代表質問に続いて、今日から予算委員会が開かれる。本年度予算を中心に、詳細なる審査となるためかなりの時間がかかる。昨日に続き、今日もマスク姿で傍聴席に座り、市長挨拶、続いて各所管からの説明、質疑と委員会は進んでいく。今日はかなりの病院が休みなので、同僚議員から本日も開業している病院を紹介されたが、かかりつけの医者に見せたほうがよいと判断し、明日まで我慢する事にした。マスクに入れたティッシュも直ぐに濡れてしまい、逆に息苦しくなる最悪の日であった。
平成22年3月3日(水)
代表質問3日目。昨日より鼻水の症状がひどく、朝から鼻をかみ通しである。自宅にあったマスクを3枚鞄に入れ、議会につくなり議長にマスク着用の申し出をして許可された。今日は我が会派の質問であり、インターネット中継もされているので映る機会も多いが、鼻水たらした姿を見られるより、マスクをしていた方が安心だ。代表質問が終わったら地元の病院に直行しようと思っていたが、やはり定時過ぎての終了であったため、病院には行くことが出来なかった。明日は病院は休みだし、もう一日我慢しなければいけないか。
平成22年3月2日(火)
朝起き会に出席。目覚ましで時間通りに起きたが、ウトウトしている間に時間が過ぎてしまい慌てて会場に到着。演壇の機会を与えていただいた。今日は代表質問2日目。2会派の質問である。午前中1会派、午後1会派による質問が終わった。事務所に戻って次週開催する市政報告会出欠ハガキの整理、名簿の作成作業等を行った。
平成22年3月1日(月)
今日から代表質問となる。10時開会に遅れてはならないのだが、今日は息子の高校の卒業式があり、家内を含めて3名のお母さん方を学校まで送らねばならない。8時30分に家を出て、9時過ぎに学校に到着すれば大丈夫かもしれないが、小田原方面が渋滞していると難しくなる。
3名を乗せて学校に向かうが、道は空いていた。また、反対車線も空いており、結局9時半には議会に到着できた。
代表質問は2名。細かい質問も見られたが、やはり最初の数名は総花的な質問となり、施政方針の大部分に対して、一定の答弁がなされた。
肝心なのは明日以降、同じ項目でも角度の違った質問となるかである。明日は2名の質問が予定されている。