平成22年 8月

2018年05月08日

平成22年8月31日(火)
8月はとにかく暑かった。残暑はまだ続きそうだが、こんなたまらない暑さがもう1ケ月も続くようならお手上げだ。朝夕は少しだけ涼しい時もあるし、「暑さ寒さも彼岸まで」といった日本の四季、暦を信じるしかない。
午後から会派で自治基本条例検討委員会報告書の説明を所管より受けた。現在の地方自治法で定義されている自治には団体自治、住民自治があるが、基本的スタンスとして住民自治の充実を図るためのルール作りの為の条例と言っても良いと思うが、我が国は以前より住民自治が発達しているという観点もある。それは農耕民族の生活の中で培われたものであり、それを条例という堅苦しいルールを作ってまで行うべきものか否かが論点となろう。行政はこの報告書を受けて条例案の策定に入るだろうが、どのような文言で出してくるのか注目すべきである。その後、総務常任委員会正副打ち合わせを行った。

民主党代表選挙は小沢氏の出馬が決まったそうだ。どちらの味方か、その発言がいつものようにブレまくった鳩山氏の介入がこの結果を呼んだようだ。鳩山氏は「私は何だったのだろう」と言ったとも聞いているが、ご自身は弟と同じく坂本竜馬気分だったのだろうか。いずれにしても密室での代表選びは決裂し、選挙となったことは喜ばしいことだ(私自身選挙権は有しないが)。今後は我が国のあり方について堂々と自説を展開して欲しいと願うだけである。


平成22年8月30日(月)
総合計画審議会が開催され、本日は市長、副市長らも出席した総括質疑が行われた。議会で言う総括質疑は、予算特別委員会のイメージから所管への質問よりも政策的な質疑を行う場と認識しており、議論してきた各内容にかかる市長のスタンスを問うと思っていたところ、いつものように質問というよりも各委員が意見を述べる場で始まった。市長自身も各委員から様々な質問を期待していたと思われるので、いくつか質問してみた。
今回の総合計画の中で注目すべきは地域運営協議会、職員担当制、地域別計画の3点セットである。地域コミュニティの充実を図る施策と行政は言うが、既存組織への影響、手法、目的等がどうしても十分理解できないのである。ここはもう少し議論を煮詰めていかねばならないものだと思っている。


平成22年8月29日(日)
小田原市総合防災訓練に参加した。昨日は炎天下で軽度の熱中症のようになったが、毎年テントの中で見学するので安心していたところ、指定された椅子の位置はテント内ではあるものの、テントとテントの間からしっかりと直射日光を浴びる特等席であった。
暫くその席で訓練状況を見ていたが、汗は滴り落ちとても居られない。プチタオルに水を湿らせ、首を中心に冷やし続けた。消火作業時には煙及び消火剤がテントを襲ったが、用意しておいた米軍ゴーグルを装着したおかげで事なきを得た。この炎天下の中で訓練に励んだ地域皆さんも大変だったと思うが、ご苦労様でした。

今日の午前中に甥っ子がテレビに出ると聞いている。日テレの24時間テレビにおいてAKB48とのダンスコラボでの出演だそうだ。自宅に戻って直ぐにそのコーナーを見ることが出来た。普段から元気が良くて少しイタズラが過ぎたり、口が悪かったりして果たして大丈夫かとの心配もあったが、コーナーのはじめからブレイクダンスを披露しているではないか。おまけに生放送ではセンターに位置して張り切っている。他のダウン症の子らも一所懸命に踊っている。心温まる場面であった。
夕方には来客1件に対応した。


平成22年8月28日(土)
小学校の一斉清掃を手伝う。9時集合だと言うのに学校の周りでは既に多くのボランティアの方々が作業に取り掛かっている。子供達も参加しているが、今年は雨も少なかったせいか雑草がほとんど無いようで、子供たちに何をやらせようかと役員さんも困っていたようだ。
自宅から木材シュレッダーを持ってきて用意していたのだが、結局は柚子かスダチの木を処理するだけで終わってしまった。棘が多く枝分かれが多く、手に棘を刺しながらの作業となったが、炎天下で1時間の作業で汗はポタポタ、脱水状態で参ってしまった。
他ではボランティアの方々がかなりの大木を伐っていたが、体育館周りは大木により日陰の効果もあるだろうし、何かむやみに伐っているような気がした。特に以前から園庭として使っている場所は記念植樹の所もあり、果たして大事な木まで伐っていないかと心配である。
作業を終え、自宅に戻りシャワーを浴びてクーラーの部屋で横になると暫く寝入ってしまった。
夕方には商工会主催の花火大会があり、周辺パトロールのために車を出す。小学校の校長、教頭もパトロールに参加いただけるということで、二人を乗せて地域内パトロールをし、その後花火大会会場を巡回した。
花火は自宅から見物できるのだが、昨年に引き続き所要時間は5分間であった。


平成22年8月27日(金)
諸団体との懇談。知人との会食等をして過ごした。
本日、東京拘置所の刑場を記者に公開したとの報道に接した。去就が注目される千葉法相が「死刑制度の国民的議論の検討材料」という訳のわからない理由によっての公開らしいが、その意図が全く解らない。
法務省は刑務官からの声まで公表したようで、今後は刑務官へ執拗な取材や執行への罪悪感の有無など、執務に支障をきたすような展開も危ぶまれる。現法務大臣が就任してからの職務を含めて審判された選挙結果だと思っている有権者は少なくないと思う。ここにきて民主党代表選の後には他の者が閣僚になるだろうから、今のうちにやるべき事をしたいのだろうが、死刑制度維持を多くの国民が願っている中でこの公開の意味を何と理解してよいのだろうか。


平成22年8月26日(木)
未明より腹痛に襲われる。ウトウトしているうちに朝になり、出発時間が迫ってきた。今日は自衛隊富士火力演習見学に参加する日であり、6時過ぎに小田原駅集合となっている。まだまだ炎天が続くとあって、昨日は冷感ジェルを購入したりして準備をしたのだが、数時間にわたり屋外にいることはきついと判断し、急きょ不参加することにした。
小田原駅に到着すると既にバスが待機しており、その旨を協力会会長及び参加同僚議員に話した。久しぶりの演習見学であり、楽しみにしていたのだが仕方ない。午前中は少々体を休め(とは言っても来客者があり、それに対応)、午後から役所に行った。役所駐車場はいっぱいで、ようやく通路の一角に1台停められるだけのスペースを見つけ駐車。長時間居る予定はなかったのだが、懸案事項の相談等をしているうちに終業時間も過ぎてしまった。帰宅後、一件の来訪者に対応。


平成22年8月25日(水)
本日は陳情が提出されると言うので、正副委員長が対応した。本日は議運、広報委員会、代表者会と立て続けに会議が予定されている関係上、9時半より陳情者と面談し、陳情書を受け取った。
次の代表者会までには時間があるので一旦帰る予定でもあったが、各所管を渡り歩いているうちに昼になってしまった。昼食をとって代表者会に臨む。
新聞紙上でも取り上げられた市立病院における宿日直手当過払問題について市長より報告があった。現在、過払の事実は確認されたものの、引き続き調査中だとの事である。
今回の件については、新聞社への投書をはじめ、各議員へも差出人不明郵便として出されていたこともあり、その投書内容の確認等の質問も出されたが、行政側は匿名投書の内容には誤りもあるので、これに惑わされずに事実確認に終始すると答えた。
匿名手紙は確かに内部告発に違いなく、事実もあるかも知れない。だが、そのような手紙を根拠に議会が振り回されてもいけないと思う。循環器科だけの問題か、手当支給について病院全体の体制が緩かったのか、今後の処理はどうするのか等を徹底的に調査、対応すべきである。が、一方では住民の福祉を担っている病院が機能不全に陥ってはいけないし、ましてや救急救命医療への影響も考えられる。
議会は、行政の今後の報告を受け、適切な対応をすることになろう。


平成22年8月24日(火)
総合計画審議会に出席。相変わらずの真夏日が続いており、会場である全員協議会室はものすごく暑い。クーラーをつけていても全然効いていないようだ。今日は議会でも再三議論されている地域運営協議会、職員担当制、地域別計画等が主題となっており、その必要度、既存自治会との関係、今後の取り組み等が審議されたが、その実効性、必要性はどうしても理解しきれない印象である。

現有自治会が独善的であるかどうかは地域によって異なるだろうし、そもそもそのような状況改善の為に作る地域運営協議会でも無さそうである。現に国や県の委嘱によって活動している各諸団体等は自治会推薦というお墨付きをもらうのが通常であり、自治会とそれら団体の関係者との意思疎通が図られていない訳ではないと思う。いずれにしても、自治会と地域運営協議会の双方が並列的に地区に存在することは混乱を生じかねず、


平成22年8月23日(月)
午前中は建設経済委員会。議員提出議案の提出者を代表し2名の議員が質疑に応じたが、予定していた議員が到着していなかったので自分が急遽加わった。いくつかの質疑が出され、それに応じた。昼食の後に会派の会合。広報委員会の宿題を会派で打ち合わせ。
午後には総務常任委員会を開催した。消防と市民部の所管事務調査であり、市民ホールの準備会の模様の報告では、本来8月中に提出予定であった検討準備会報告書が12月に先送りされたことから、今後の状況に対していくつかの質問が投げかけられた。用地買収の期限、及び建設期限が執行部から出されていることから、現状で本当にその予定でいけるのかとの確認もあった。市長も、現在の状況をしっかりと受け止め、明確なる意思表示を行うところに来ていると思う。


平成22年8月22日(日)
視察後二日経って疲れがドッと出てきた。だるくて仕方ない。時間があれば来たらどうかと誘われた会合があったのだが、調子が悪くて欠席させてもらった。暑さとだるさでグタグタしていた一日であった。


平成22年8月21日(土)
民主党の代表選挙に小沢氏が出馬するか否かの話題で持ちきりである。 ていたらくな菅総理にヤキモキした勢力は政治とカネ問題で鳩山前総理と共に幹事長を辞職した小沢一郎氏を擁立しようとしている。亡国現幹事長が中枢にいる今の体制は一刻も打破すべきであるが、マニフェスト遂行を理念とする小沢氏では子供手当の満額支給、高速道路無料化のバラマキ施策が再び始まってしまう不安も付きまとう。野党とすれば、追求をことごとくかわしていたいた小沢氏との全面対決が出来ることは願っても無いことであり、民主党代表選挙の行方が気になるが、両者とも我が国の将来について熱く語られた事があるのか疑問である。
マスコミも一年生議員が誰に動くか、勢力相関図等、民主党内のどうでもよい情報ばかりで、安全保障や外交、円高、景気低迷打開策といった国民生活充実への施策展望について突っ込んで聞くべきではないか?
党内平定の秘密策として総理、代表分離論も浮上するに違いない。

高校野球は沖縄の興南高校が東海大相模を大差で破って春夏連覇の偉業を遂げた。完敗となった東海大相模だったが、一回戦から決勝までよく戦った。30年前に中学生の時に応援した当時と同じく夢中にさせてくれたのも有難い。ぜひとも来年も頑張ってくれ!


平成22年8月20日(金)
視察も今日が最終日。昨晩宿泊した十和田市にお邪魔して「セーフコミュニティ」についての説明を聞いた。十和田市は日本においてWHOより2番目に認証された市であり、神奈川県では厚木市の内定が決まったと聞いている。そもそも交通事故予防改善を主体としてプログラム化を図り、住民生活の安全に寄与すべきものであるが、委員から「認証」の必要性の是非等の厳しい質問も飛んだ。
役所近くにある近代美術館を鑑賞。入口より館内に入ると直ぐに大きなおばあさんの像が立っており、驚いた。とてもリアルに出来ており、シリコン製であるという。他の様々な作品を見てきて、一行は帰路についた。


平成22年8月19日(木)
視察二日。函館市の朝市を見学し、ホテルにて昼食。その後函館市役所に向かって視察内容である外部監査について説明を受けた。説明の前に函館市の議長が見えるということであるが少々到着が遅れていた。聞くと40キロ以上も離れた所からみえるという。さすが北海道。スケールが違うと思った。
平成14年度から個別外部監査、平成17年10月より包括外部監査を実施していると伺ったが、特に議会や住民がもめるような事例は無いという。政令市や中核市では義務化されているが、特例市である本市で導入する必要があるか否かはこれからの検討課題であろう。
函館から青函トンネルを通って三沢に到着し、その後十和田観光電鉄に乗って十和田駅に向かったのだが、三沢、十和田両駅ともソバ屋の中に駅があるのか、駅の中にソバ屋があるのか、とにかく「いい匂い」が漂っている。視察でなければ、ついソバを食べただろう。なかなか風情のある駅舎である。夕刻に十和田駅に到着して視察二日目は終わった。


平成22年8月18日(水)
本日より総務常任委員会の視察である。今回はおそらく本市議会が初めて訪れると思われる北海道北斗市、青森県十和田市を視察先にしており、情報も少なく心配の向きもあり期待と不安が入り混じった視察となった。羽田空港よりANAで函館空港へ。出発時間が25分ほど遅れて離陸。機体はプリベートで子供を乗せて伊丹に行った時以来のポケモンジェット。函館には1時間半ほどのフライト予定だったが、出発の遅れを取り戻すように約1時間で到着した。北斗市に向かうバスに乗り途中昼食をとって北斗市役所に到着。
北斗市では「  」というホールの概要説明を聞いてその後現地見学。大ホールと小ホールの間に機材収納室があり、どちらからでも直ぐに対応できる機能は便利である。収容1000人の大ホールは1階席のみのため小田原市民会館よりも大きく感じ、このホールは音楽演奏に特化しており、演劇は出来ない訳ではないが、しっかりしたコンセプトで多目的化まではしていない。
本市のホールでは演劇、音楽等幅広い層からの専門家がお互いの利点を生かすべく、結局はその双方の中庸により多目的ホールを主に考えているようだが、施設規模にとらわれないなら他の施設をも含めての利用を考え、一方を演劇に特化、一方を音楽に特化した両施設を建設或いはリニューアルという視点も考えたらと思うようになってきた。
北斗市視察の後に明日の視察地である函館市に戻って宿泊となるのだが、帰りの車内ではホールについて各委員それぞれの意見交換が行われ、充実した一日であった。


平成22年8月17日(火)
9時より打ち合わせの後、議会基本条例検討委員会を開催した。無作為抽出による住民アンケートの結果を委員の協力の下で集計作業を行い公表直前まで来たのだが、特にコメントの量は膨大でその整理作業には相当な時間を要する。そこで、9月議会早々に速報版の公表という形で一旦出し、その後にコメントを含めた内容について再度公表することになった。その方法については再度協議することで合意し、閉会した。
午後からは厚生文教常任委員会が開かれ、途中まで傍聴したが、中座して他の所管に寄るなどした。


平成22年8月16日(月)
帰省ラッシュも昨日未明まで続いていたようである。会社勤めの方々もお盆休みでリフレッシュしたと思うが、毎日の猛暑で体力も気力も失っている方々も多いのではなかろうか。今年は異常過ぎるくらい暑いのである。

今週は総務委員会の視察で3日間留守にする。4年に一度の議会改選期前には通常10~11月に行う視察を8月前後に行うのが通例であるが、台風発生やお盆、子供が夏休み中等という時期であり、果たして適当かどうかも議論する必要がありそうだ。天候の様子や視察先の事前学習などをして過ごす。


平成22年8月15日(日)
恒例の地方議員有志による靖国神社参拝に同行する。今年は家内も一緒に行きたいとのことで、バイクではなく乗用車で神社に向かった。確か神社内の駐車場は特定の車しか入れなかったと思い、近隣の駐車場を事前に調べ、駐車した。毎年のように道路には様々な地方ナンバーの右翼団体の車があちこちに駐車している。午前8時半頃でも多くの参拝者が訪れており、所定の場所に集合し、各々のコメント収録、写真撮影の後、隊列を作って一斉参拝した。その後議員団は解散し、家内と合流して遊就館を見学。久しぶりに入る館内だが、今日は多くの方々が入館しており混雑状態だ。毎回、娘に宛てた遺書と一緒に海軍士官服姿で乳飲み子を抱いた写真には泣かされる。遺書も書けずに一瞬にして命を失った英霊もいる。極寒の中或いは灼熱地獄の中で餓死や戦病死された英霊もいる。科学的には証明できないであろうが、かの時代では英霊は靖国神社に祀られると死す者も待つ身もそう信じていることは誰にも否定できまい。だからこそ、英霊の遺書には「私に会いたくなったら靖国に来てください」としたためているのである。戦争の是非はともかくとして、国家に殉じた英霊の御霊を鎮め、現在の国家建設の礎となられた方々を国が敬意を示すことは当然である。菅首相は日本武道館で開かれた戦没者慰霊祭に参加し、数日前の日韓併合100年の謝罪談話と同様に相変わらずの自虐的発言である。官房長官は思想信教の自由を侵しかねないような閣僚の靖国参拝に対するコメントすら発表している。国の最高機関にあってはいけない人物である。
午前中に帰宅したが、高校野球は第一試合が午前で終わり、正午間近では第二試合の準備が行われていた。毎年、高校野球の試合中でも正午の時報に合わせて黙とうが行われていたのだが、今年は試合中ではなく、果たしてどのようになるのかとテレビを見ていたが、選手も監督も球審もスタンドもテレビも何事もないように試合の準備に取り掛かっている。高校野球における黙とうの必要性の議論があったとも聞いていたが、いつの間にか無くなってしまったようである。それで良いのだろうか。


平成22年8月14日(土)
お盆の最中であり、午前中は来客も無かったのだが、午後に1件の来訪者に対応した。


平成22年8月13日(金)
お盆の準備のため、物置より機材を出してきて組み立て作業を行う。
その後、PCを付けて気付いたのだが、7月の待つ以来HPを更新していなかった。下書きはいくつか書いてあったのだが、サイトに送っていなかったのでそのままになっていたようだ。
午後からは資料を届けたり、相談者宅に寄ったりして過ごした。


平成22年8月12日(木)
午前中は総務委員会の正副委員長打ち合わせ。正午近くになり、昨日厚木市の副議長に就任した元同僚の神子議員が就任挨拶の為に小田原市議会に来られたので、面会してお祝いの言葉をかけた。
午後からは総合計画審議会。ボリュームが多い内容だったため3時間の長丁場であったが、今回はある委員から「総合計画はかくあるべき」という目からうろこが落ちるような発言に、出席委員も感心したに違いない。


平成22年8月11日(水)
午前中は資料整理と所用。
午後は総務委員会正副と議長との懇談を行った。マンリー市から帰ってきてもその後各所管との打ち合わせや様々な用があり議長も忙しそうだ。もう少しゆっくりと懇談をしたかったが、なかなか時間取りは難しそうだ。
今日は33年ぶりに神奈川県代表として東海大相模高校の高校野球の試合がある。テレビで観戦したかったのだが、用事を重ねつつ後半戦しか見ることが出来なかった。初戦を勝利し歓喜した。思えば現在巨人軍の原監督が現役の高校生で活躍したのは自分が中学生の時だ。森→原→津末の最強バッターに村中投手。記憶が確かであれば、第何回大会だったか、また何回戦かわからぬが、鹿児島実業と壮絶な戦いをしたと記憶している。時の投手は後に巨人軍に入団した定岡だったと思う。今年はその両チームが甲子園に出場しており、ぜひとも因縁の対決を見たいものだ。あの時の興奮をもう一度味わいたい。


平成22年8月10日(火)
首相談話なる訳のわからない狂言が日本中、いや世界中を駆け巡った。村山談話、河野談話、小泉談話等、国内の左翼勢力をはじめ、各国の都合の良いように解釈され続け、我が国の国益、尊厳、名誉を一方的に傷付けてきた発言をまたも菅首相自身が冒し、我が国の汚点をまた一つ追加してしまった。
特に今回は、極左と言っても良い官房長官肝いりの内容で、当然今後は補償問題や日韓基本条約無効化という韓国側に極めて有利な言質を与えかねない危険性を持った談話である。
民主党内でも政調会を経ずに少人数幹部での密室行動によっての突然の発表は、民主的でない民主党の内幕を如実に表した結果だろう。民主党でも数日間の党幹部の発言を危惧していた人たちもおり、今回の談話で現最高幹部連中の反日的性格がハッキリした以上、果たして同じ輩とみられて良いのか、その去就が注目される。我が国の歴史上、最悪の日であるかもしれない。
本日は午後の時間帯に地域のパトロールを行った。


平成22年8月9日(月)
本日は長崎にて2発目の原爆が落とされた日でもあり、新聞やテレビでも特集を組んでいる。しかしながら今日は日ソ不可侵条約を一方的に破ったソ連が満州をはじめとする日本領に侵略してきた日でもあり、その後のソ連は北方領土にもその触手を伸ばし、独裁者スターリンの下、殺戮の限りを尽くして戦後も違法に占拠状態を続けている我が国にとっても屈辱の日でもある。
大量殺戮兵器原爆の使用は国際法違反であるのだが、依然勝者の論理で謝罪の気持ちすら米国は持ち合わせない。ソ連もその後ロシアとなったが、不法占拠に対して国連も何も動かない。所詮、第二次大戦の戦勝国が常任理事国になっている現状からすると、その理不尽が続いてしまうことは嘆かわしい。


平成22年8月8日(日)
本日は親戚の法事である。母がこのところ体調が悪く、今回も名代で自分が出席することになった。いつも一緒に行く伯母は従兄弟が一緒に行くことになったので、こちらはバイクで向かうことにした。天気予報も交通渋滞も見ていなかったことを高速道路に入って気付く。横須賀佐原ICで下りるのだが、朝比奈辺りで雨雲が広がっている。法事を行う寺で喪服に着替え、3回忌法要に参列。墓へ塔婆を立てる時には雨が降り出した。食事をいただき自宅に戻ったが、帰りは心配していた渋滞も無く、1時間もかからずに自宅に戻ってきた。
夜には地元の恒例カラオケ大会。今年は「街の明かり」を歌って帰ってきた。


平成22年8月7日(土)
本日は酒匂川で小田原市花火大会が開かれるのだが、同じ時間に厚木で開催される鮎まつり花火大会に議長の名代で代理出席することになっている。今年は小田原市議会議長が神奈川県議長会会長職を受けており、神奈川各市で開催される様々なイベントの招待状が来ていることから、正副委員長が交代で名代を務めることになっている。
しかしながら、現地に行ってみると招待者用の受付も無く、河原でウロウロしてしまった。実行委員会の方々に聞いて見てもよくわからないようで、取り敢えずセレモニー会場と思われる場所でいただいたシートを敷いて時を待った。会場に来られた市長とは名刺交換をしたが、姉妹都市と思われる中国の関係者の姿は見られたものの、他の招待者も見られず、その場で花火見学となった。河原付近には大勢の人が集まり盛況である。河原の風も気持ち良いのだが、初めての場所でもあり帰りの状況も掴めなかったので暫くして会場を後にした。


平成22年8月6日(金)
朝起き会に出席。広島に原爆投下された8月6日は平和記念朝起き会と称し毎年出席している。広島で行われる今年の式典には国連の事務総長も参加するという。核軍縮は被爆国である我が国の願いであり、世界の願いでもあるが、現実的には核抑止といわれるように、他国との軍事均衡を図るために用いられている部分もあり、米露が核を縮減した場合、北朝鮮や中国が軍事的優位に立ってしまう事の方が平和を脅かすに違いない。最近は広島での式典で政治的発言がたびたび聞かれるが、本来の被爆者慰霊を忘れてはいけない。
自宅に戻り、自家用車の1年点検。その後、一件のお宅に相談を伺いに行った。


平成22年8月5日(木)
議会基本条例検討委員会正副委員長打ち合わせ。アンケート結果及び意見の集約について、今後の公表等について委員会の内容を協議した。
午後からは総合計画審議会に出席した。


平成22年8月4日(水)
宿を9時過ぎに出発し、いろは坂を通って華厳の滝に向かう。駐車場には大型バスも数台あり、ジャージ姿の中学生や小学生もいる。エレベーター、華厳の滝ではその児童生徒達に会うことも無く、静かに見学できた。華厳の滝は実に36年ぶりであり、その荘厳な姿にあらためて圧倒された。下を見ると引き込まれそうな感じで急に怖くなった。家内も初めての見学であり、喜んでいた。
華厳の滝を後にして、日光東照宮へ。陽明門を入った一つだけ模様を逆さにしてある柱の処でテレビの撮影隊が来ていた。外国人も多くいたのだが、東洋系よりも北欧系の外国人が多い。一通り東照宮を巡り、食事場所を探したが、予定していた所があいにく定休日。夕方に到着したかったため、今回の度は終了。帰り道は首都高渋滞の情報があり、圏央道から中央高速で相模湖東で下りたのだが、厚木、伊勢原付近まで渋滞しており、この道の選択は誤ったかもしれない。
総合的に今回の旅を振り返ると、栃木(だけかはわからぬが)は、入場料等が2000円前後と高い印象を受けた。宿泊施設は何処も値段の割にはかなりお得なイメージがあるので、その他の施設を4つ回っても1万円程かかるのはどうかと思う。


平成22年8月3日(火)
昨年は何処も出かけることがなかったので、2年ぶりに家内と外出することとなり、家内が一度も行ったことのない日光へ向かった。宿泊先はかなり前から予約したいたが、先日のめざまし土曜日で松尾アナが日光を訪れた鬼怒川の渓流下りレポートを見て、「ライン下りをやりたい」との家内の要望を受け、3日前に予約していた。
栃木に入って昼になったので道路沿いの店に入ってそばを食べたのだが、余り気のきいた店でもなく、幸先不安が残った。ライン下りの予約時間の調整のため、日光猿軍団に寄ってイベントを見学した。その後ライン下りを体験したが、水量も適当でほとんどしぶきを受けることも無かった。たっぷりのマイナスイオンを浴びて気分爽快。炎天下でもなく適度な曇天だったので熱中症の心配もなかった。駐車場にあった足湯につかって宿に。
今回はテラスにヒノキの露天風呂がついている宿で、部屋自体は少々狭いのだが露天風呂は温泉であり、何度も入る事が出来た。食事はバイキング。種類も豊富で大満足。これで一人1万2500円。とてもリーズナブルな料金である。


平成22年8月2日(月)
午前中は特定団体の市長への要望書提出に付き添う。午後からは、明日の外出準備を行う。


平成22年8月1日(日)
消防団OB会の書類を次期会計に届ける。後は今年の暑気払いの申し込みをしてお役御免となる。
今日も暑い一日であった。外の少しいるだけでダラダラと汗が出てしまう。困ったことだ。
昨日のパトロールで、隊員の青灯に故障が出た。以前購入しておいた予備のライトがあったから良いが、既に4年が経過しており、他の隊員の装備品も点検しておいた方が良いかもしれない。